利用者さんとの雑談で、最近よく盛り上がるのが『源氏物語』の話です。
元国語教師のその方は、もの忘れが進んでいて、前回どんな話をしたかは、ほとんど覚えていません。私が最近読んでいる本の話も、前回読んでいた本も、たぶん次の訪問では忘れています。
けれど、不思議と『源氏物語』の話になると、お互い自然に言葉が増えます。
「どの訳者が好きか」「谷崎はむつかしいね、与謝野晶子は色っぽいね」
「宇治十帖は歳を重ねてからの方が沁みる」
「女三宮は弱いのか、賢いのか」
毎回、似たような話をしているのに、その日の気分や体調で、微妙に感じ方が違うのが面白いのです。
先日の訪問では、浮舟の話で盛り上がりました。若い頃は優柔不断に見えた人物が、年齢を重ねると「生き延びる人」に見えてくるから不思議です。
そして何より嬉しかったのは、その方が最近、隣町の図書館へ通っていると教えてくれたことでした。本を借り、読む時間を持ち、次はこんな話をしようと思う。その流れが、ちゃんと生活の中に戻ってきています。
介護や支援の仕事をしていると、つい「できないこと」や「困りごと」に目が向きがちです。でも、本当はその人が何を好きで、どんな話をすると表情が変わるのか、そこにその人らしさが残っているのだと思います。
同じ話を何度してもいい。
覚えていなくても、その時間が少し楽しく、穏やかなら、それで十分価値があるのかもしれません。